肖像権
肖像権は明文化された法律があるわけではなく,裁判例の蓄積によって確立されつつある権利である。人の容姿を撮影したり,その撮影されたものを利用したりする場合に,被写体となっている人の気持ちを想像しながら,どのような取扱いが適切なのか考える。
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教師・児童(生徒)の発問・発言例
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運動会が終わったら,学校のWebサイトに競技の様子を撮影した写真を載せて,雰囲気を大勢の人に発信してはどうでしょう。
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動画も撮るんじゃないの?
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全体の雰囲気なら,遠景の写真でもいいかもね。
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自分が写っている写真を使ってもいいと言ってる人のものから選べばいいんじゃない。
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その人がどう思うかということか。
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思考を深めるためのヒント(アドバイス)
- 自分が写っている写真について,他人が見てよく写っていると思っても,写っている本人がそう思っていない場合もある。
- 写真を撮られること自体,それが好きな人もいればそうではない人もいる。
- ポスターのように大勢の人に見られるものに人の顔や姿を利用する場合には,その人の立場になって考える必要がある。
- 肖像の利用については被写体となっている人の了解を得ることになるが,スナップ写真であっても著作物である可能性は高いので,著作物の利用という観点から撮影者からも了解を得ておく必要がある。
- 学校の活動の状況をWebサイト等で発信することが推奨されているが,児童生徒の顔が特定できる写真や体操服を着用している写真などは,発信側の意図とは異なる方法で利用される恐れもあるので,児童生徒の安全を確保するため慎重に判断する。
- 教員が撮影した写真や家族が撮影してくれた写真であれば,カメラマンとしての了解を得ることはそれほど難しくないが,学校と契約している写真館(プロのカメラマン)の写真をポスターやWebサイトに使わせてもらう場合には,仕事として撮影しているので,一定の配慮が必要となる場合もある。
討論などによって気づかせたいポイント
- 肖像権は法律でその内容が定められた権利ではないので,どのような行為について被写体本人の了解が必要かについては明確なルールはない。
- 法律で権利の内容が定められている著作権の場合,「このような条件を満たして利用する場合には作者の許諾を得る必要はない」ということが法律の規定を調べれば分かるが,肖像権の場合,ケースバイケースで考えなければならない(写真を撮られることや,その写真が利用されることについて,人によって感じ方が異なる)。
- 自分(使おうとする側)の都合ではなく使われる側の立場に立ってどんな気持ちがするかを想像が大切であり,それは著作物の利用であっても同様である。
先生のためのメモ(著作権の視点)
肖像権については裁判例の蓄積によってプライバシーの側面(むやみに容姿を撮影されない,あるいは撮影されたものを利用されない)で権利を認める例と,パブリシティの側面(芸能人やスポーツ選手など著名人の容姿の利用によって顧客を誘引し経済的な利益を生じさせる)で権利を認める例とが定着しつつある。その点で,著作者人格権と財産権としての著作権で構成する著作者の権利と似ている。
ただ,明文の規定がない以上,個別具体的な肖像の利用行為の実態に応じて判断されることになる。学校における児童生徒の肖像の利用については,それが個人情報に当たるものでもあり,心身の安全を含め本人及び保護者の意向も考慮して慎重に判断することが必要である。
裁判例の中には,写真だけではなくイラスト(似顔絵)について肖像権に基づく不法行為が認められた例もある。
肖像写真や似顔絵のイラストを利用する場合には,被写体(モデル)となっている本人のほか,カメラマンやイラストレーターの著作権が関ってくることにも留意が必要である。
先生のためのメモ(著作権の視点)(共通編)
作品を「利用する」とは,著作権制度では の行為をすることを指します。
これらの行為をする場合には,原則として作者の許諾を得る必要があります。
著作権者本人と簡単に連絡がとれない場合,
①出版社などそのコンテンツを提供している会社に手紙を書いたり電話をかけたりして,その作品を利用したいという希望を伝えてもらう
②その作品の分野(漫画,写真,音楽,文芸作品など)ごとの作家団体に連絡する(その団体が作家に代わって許諾してくれる場合もある。
③Webサイトを通じて提供されているコンテンツの中には,「一定条件を満たす場合には,了解を得るための連絡をすることなく利用しても構わない」という意思で提供されているものがあるので,それぞれのWebサイトの利用規定などを調べる
④SNSを利用している作者であれば,ダイレクトメッセージなどでコンタクトをとってみる
などの方法があります。
著作物の利用について許諾を得るために作者(著作権者)と個別に交渉する際には,以下のような点をあらかじめ考えておきましょう。
- 利用したい行為(複製,演奏,公衆送信など)は何なのか(「あれもしたい,これもしたい」と幅広い希望を出すと,作者の立場では一般的には簡単に許諾したくないと考えるのは自然です。いろいろな利用が想定されているのであれば「あれもしたい,これもしたい」という希望を提示してもよいでしょうが,「どこまで利用するかは分からないけれど,とりあえず」という状況であれば,利用方法を限定して許諾を求める方が,許諾を得やすいでしょう。)
- デジタル媒体で利用するのか,アナログ媒体で利用するのか(作者の立場から考えると,許諾した場合,他の目的への転用,反復的な利用などが心配になります。他の転用がしにくい利用であれば,心情的に許諾しやすくなります。)
- 利用する著作物を提供・提示する範囲はどこまでか(学校の教育活動も地域社会と連携して進められる場面が増えており,地域社会に向けた情報発信も奨励されています。作者の立場で考えると,その著作物が無制限に(世界中に向けて)発信されるのか,学校内の閉じられた範囲に向けて発信されるのかには大きな違いがあり,許諾しやすいかしにくいかに影響する場合もあります。)
- 許諾の対価(使用料)はどの程度払えるのか(著作物の利用許諾に係る契約は「私契約」なので,その条件は当事者が交渉して決めることになります。)
作者の気持ちは様々なので「了解を得る方法」を法律などで限定的に定めることは困難です。技術の進歩や経済のグローバル化などの社会の変化に応じて関係者が話し合うことを通じ,著作者の権利を尊重しつつ,より円滑に利用できる(簡便に了解が得られる)方法を開発していくことが大切です。
例外規定(権利制限規定)が適用できない場合,著作物の種類によっては著作権の集中管理が進んでいるものもあるため,著作権等管理事業者に連絡することにより事務的な手続きにより許諾が得られる場合もあります。
著作権等管理事業者は,著作権等管理事業法の規定により,著作物を利用しようとする者に対して応諾義務を負っていますので,利用を拒むことはできません(通常,使用料規程に定められた額の使用料を支払うことが必要です)。
著作権(複製権,上演権・演奏権,公衆送信権などの財産権)については,権利が存続する期間(保護期間)が定められています。
著作権が存続している著作物を利用するために著作権者から許諾を得ようとしたにもかかわらず,著作権者の所在が不明で連絡が取れず,許諾が得られない場合には,文化庁長官の裁定を受けてその著作物を利用することができます。その仕組みをまとめると のとおりです。
教育活動の過程では,日本人が創作した著作物だけでなく,外国人が創作した著作物を利用する場合もあります。著作権に関する国際条約により,外国人の著作物であっても自国民の著作物と同様の条件で保護することになっており,それらの国際条約には多くの国々が加盟していますので,私たちが目にすることができる外国人の著作物のほとんどについて,日本国内で利用する際には日本人と同様の権利が認められることになります。